長年の会社員生活を終えた退職直後の心境は、解放感と同時に不思議な“フワフワ”した感覚を伴うものです。
ここでは、そんな退職後のリアルな気持ちをもとに、この後に待ち受ける手続きの現実や少し羽を伸ばす時間の大切さと、今だからこそ見えてくる「本当にやりたいこと」への向き合い方をひとつの視点としてお伝えしたいと思います。
退職直後に立ち上がる“静かな解放感”と、ほんの少しの不安
会社を辞めて初めて迎えた日曜日。長年のサラリーマン生活を終えた私は、休日の静けさの中で新しい生活のスタートラインに・・・。
「成るようにしかならない」と言い聞かせてきた若い頃とは違い、今は「成るように成す」。自分の手で選び、成り立たせていく感覚が胸の中心に小さくしかし確かな灯のようにともっています。
不思議と焦りはないのに胸の奥では微弱な揺れも感じます。解放感と不安は同居する。それは、自由を獲得した瞬間に生まれる、ごく自然な反応なのだと思います。大切なのは、その揺れを否定しないこと。揺れの中にこそ、自分の本音や優先順位が透けて見えるからです。
この時期の心の動きは人それぞれかと思います。
高揚感で動きたくなる人、逆に立ち止まって深呼吸したい人。どちらも正しく、どちらもその人の回復と再起動に必要な時間です。
まず手続きと気持ちの整理から「現実を整えると気持ちが軽くなる」
自由はすぐに始まるか、といえば答えは「イエスでもありノー」です。退職金、健康保険、年金。必要な手続きは一度にやってくるし、内容も少し頭をひねらないと解釈しにくく難しいものです。
けれど、平日の昼間に役所へ行き静かな窓口で順番を待つ、そのこと自体が会社員時代にはなかった新しいリズムの実感でもあります。
手続きを片づけるたび、心の中の「ノイズ」が一個ずつ小さくなっていきます。現実を整えることは、心の平穏を取り戻すこと。やるべきことをリストにして、一つずつ完了させる。目に見える“完了”の積み重ねが目に見えない不安の輪郭を薄くしていきます。
私がこれらを整理するのに心がけたのは、「期限の近いものから先に」「面倒な手続きは最初だけ」「完了した書類はスキャンして自宅のPCとNASに保管」という三点です。特別なスキルは不要で、淡々と、しかし確実に進むこと。それがこの時期の自分を支えるいちばん堅実な方法でしょう。
少し羽を伸ばす時間はフワフワ感覚を怖がらずに過ごす
正直に言えば、私はすぐに事業ギアをトップに入れるタイプではありません。長いあいだ平日も休日も仕事中心で過ごしてきたから、まずはスローダウンして朝の空気を吸い直したかったのが正直なところ。
平日の昼に散歩をする、気になっていた小さなカフェに入る図書館で気の向くまま背表紙を眺める。そんな羽伸ばしは生産性の対極にあるようでいて実は次のステップの静かな起爆剤になると信じています。
「何にも縛られない」ことには、ふと身体が宙に浮くような“フワフワ”した感覚がつきものです。けれど、そのフワフワは迷いのシグナルであると同時に可能性へのフックに変わり得るものでもあります。
焦って埋める必要はありません。むしろ、今だけのものとして味わっておく。そこからしか見えない景色がたしかにあるはずです。
羽を伸ばす時間は、怠けではなく回復であり再構築のプロセスです。日々の歩幅を一旦ゆるめ呼吸を深くする。そうして整えた下地の上に、やがて次の一歩が置かれます。
自由という新しい環境をどう生かすか
いま手にしている自由は単なる気分ではなく、これまでの会社員生活では得られなかった“新たな環境”そのものです。
時間を自分の裁量で使えるということは、それ自体が最高の基盤であり、この環境をどう生かすかによって今後の成果は大きく変わっていきます。
大切なのは、この環境を無駄に浪費することなく未来へとつながる土台として整えていくことです。自由な時間に触れた小さな気づきや、これまで試せなかった行動の一歩を積み重ねることで新しい成果は形を持ち始めます。
たとえば、学び直しに投資する、健康を整える、趣味の延長をビジネスにつなげる。どんな方向であれ、この環境を主体的に使うことで退職前には想像できなかった成長や成果が芽吹いていくと考えます。
自由は、ただの状態ではなく育てるべき環境でもあります。この得難い環境を意識して生かせるかどうかが、これからの人生を豊かに広げていく決定的な分かれ道になるのだと思います。
今だからこそ見える“やりたいこと”の核心
若いころ、「本当にやりたいこと」は霧の中にありました。社会の速度に合わせて走るうち、いつのまにか自分の声が遠くなってしまうこともあります。けれど、経験を重ね、生活者としての視点と体力を身につけた今だからこそ、その霧がゆっくり晴れていく瞬間があります。
やりたいことは、早く見つけた人が偉いのでも、派手に語れる人が正しいのでもありません。暮らしの細部や、人との関わり、積み重ねてきた仕事の中に、静かに埋まっていることが多い。だから、迷って大丈夫。時間をかけていい。人生100年と言われるこの時代スタートラインは一つではありません。
それと、自分のやりたいこととして飛び込んだ世界は親など家族や周りの人の影響を漠然と受け過ぎていた。こんなことに気づく人もいるかと思います。
そう、人生経験の少ない子供の頃や、自分の能力が生かせる分野に気づいていない青年期に見つけた「やりたいこと」は仮のやりたいことであった可能性が高いのです。
私の場合、やりたいことは退職を決めた時点でビジョンとして輪郭ができていました。そして、やはり若いうちに抱いていた「やりたいこと」は本物ではなかったようです。
今の自分のやりたいコトの核心に迫るには、見つからないと焦る必要はないし、見つかったらそれで終わりでもない。問い続けること自体が、人生100年といわれるこれからの時代に必要な「新しい道」なのだと思います。
遅すぎることはありません。いつからでも、どれだけでも時間をかけて真相を追っていい。今の私たちが選ぶ「やりたいこと」は、若いころの自分とは違う強さと優しさ、そして行動力を持っています。その成熟は誇るべきものでしょう。
自由は「環境」やりたいことは「羅針盤」
退職直後の数週間は、生活の再設計と心の再調整が同時進行で進む特別な時間。手続きを片づけ、羽を伸ばし、フワフワを許し、そして小さな一歩を重ねることにします。
その過程は、自由という新しい環境を自分の暮らしに馴染ませ、どう生かしていくかを試す訓練でもあります。
そして、やりたいことは羅針盤です。遠くの目的地を固定するというより日々の歩幅の向きをそっと整えてくれるもの。羅針盤は、ときどき針が揺れます。天候が変われば、少し向きも変わる。それでいいのだと思います。揺れを恐れず今日できる小さな前進を一つ。
自由という環境をどのように生かすか、その姿勢がこれからの成果を大きく左右します。環境を持つだけでは意味がなく、その環境に自分らしい行動を重ねてこそ新しい豊かさが広がっていきます。
新しい扉を開いた直後



