資格は雇われるのに役立っただけ、この先に有効なのは意欲と活力

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資格試験の勉強に使った電卓 独立への意欲

持っている資格の数は並の人より多くて、その取得に費やした時間も相当なものです。

しかし、社会人として人生後半戦に入り取得している資格に大きな価値を感じなくなったのが正直なところです。

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資格は雇われるために有利なもの

というのも、会社という組織から抜け出して自分一人で事業をしたいという場合、例えば何かを売る商売を始めるなら資格というのはあまり役に立たないことでしょう。

それよりも世渡りのテクニックを得ていることや、広い人脈をつかんでいることの方が実用的で自分のためには徳になるのは間違いありません。

資格の種類によ盛りますが、たとえば簿記の2級とか3級あたりだと、資格などなくても経理に関わる処理はできますし、誰かに頼んだ方が効率が良くそれだけの価値しかありません。

簿記に限らず国家資格を含め検定資格の多くは誰かが知らない他人を適正に評価するのに役立ち、その大部分が会社組織が個人を雇用する際の評価に使われることになるでしょう。

本人は自分の能力を向上させるため、あるいは自身の実力を試すつもりで取得したとしても、対外的な効力を発揮できるのはそんな場面に限られます。

他人に認められる資格より自分を活かす資格

組織の中である程度の地位に就いたとき、または自分自身が組織のトップになったとき持っている資格など役に立つことは少ないでしょう。

その地位につくまでの間に持っている資格が役に立つことがあれば幸いで、資格などなくても出世したり、あるいは起業したりする人はいくらでもいるはずです。

そう考えると人生後半戦になっても価値が残る資格というのは、その資格がないと該当する職業に就けない、独立して仕事ができないという仕業関連の資格などになるでしょう。

そうした難易度の高く価値のある資格だけが、所有する価値をいつまでも維持し続けてくれるものだと言えそうです。

これら独立につながる資格は、自分の中で自信の源にもなり転ばぬ先の杖のようなバックアップ的な安心感をもたらしてもくれるでしょう。

取得のために投じた時間が生むもの

このように、人生後半戦で新たなステージに立ちたいと考えたとき、特定の上位資格しか役に立たず、若い時の苦労が一切報われないというのは実に頂けない話になります。

資格を多く取得してきた側の言い分ということになってしまいますが、国家資格など公的に認められる資格を多く持っているということは、何かを達成できる一つの指標にはなりえるでしょう。

求め続け、重ねた試練の上に築き上げてきた資格は、けして一夜にして成し遂げられるものではなかったはず。

自分には、目標に立ち向かい続け成功を勝ち取れるだけの活力が備わている。

そう信じられる自身には繋がることでしょう。むしろ誰かに評価されるよりそうした自信を継続させる根拠になるなら取得してきた資格の価値はこれからも生き続けていくことでしょう。

また、自分の取得している資格が評価される特定の業界の人と話す機会があるなら、そうした場面では他人から成果を上げることが出来る人と評価されることになるかもしれません。

しかし、そんな嬉しい場面は過去の得意分野に固執し続けるなどしない限り、自分が広く新しい分野に挑戦し続けたいという気持ちが強いほど訪れることは少なくなるでしょう。

人生後半戦に、独立を希望し何かを成し遂げたいと考えるなら、取得できた資格もそうですが、過去の成果に拘らずこれからも成果を出し続けられる活力を維持していくことのほうが大事になるでしょう。

そうした意欲と活力こそがベテラン社会人にとっての強みであり、ある意味、自分の未来を創造できる資格(license)のようなものと言えるでしょう。

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