カラマーゾフの兄弟を読み終えた感想と達成感

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カラマーゾフの兄弟中巻 日常のこと

世界的に評価が高いドストエフスキーの長編小説「カラマーゾフの兄弟」を読み終えて第一に感じたのは長い物語を読み切ったという達成感。

それと全体のあらすじと登場人物が明確に把握できたということでした。

文学好きの読書家からすると甚だ陳腐な感想に受け止められそうですが、興味をもって手を出してみた並の読者としては、挫折することなく最後まで読み終えたことは自己満足に浸って良いことと考えます。

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小説として「カラマーゾフの兄弟」に感じたこと

世界的な名作である小説、「カラマーゾフの兄弟」は私にとってやっと読み切ることができた難解な長編小説ということになります。

ここでは、やっとのことで読み終えた長いストーリーのうち僅かばかり読みとれた部分の感想などを書いてみることにします。

カラマーゾフの兄弟は、単なる推理小説ではなく思想や宗教、恋愛など多面的な要素を含み描かれた小説であると評価されています。

しかし、普段から難しい小説や世界的な宗教や思想に関わりが低い一般読者としては、予めこれらの複合的な部分を総合的に読み解くことを重視せず「父親殺しのストーリー」一点に絞って読み進めることにしました。

ただし、そのほかの難解な部分を斜めに流し読みしたということはなく、一応ページすべての文字に目を通し読み切ったという形です。

なお、感想になりますので若干のネタバレを含みます。

物語についての感想

この物語の核となっているのは、父親フョードルが殺害されるに至るまでの経緯と、事件発生後にかけられた長兄ミーチャに対しての殺害容疑。

上巻(新潮社)の大部分を占める人物紹介のような長々とした序章のような書き出しの中では、主人公であり三男のアリョーシャが「このままではミーチャが父親を殺しかねない」と深く心配する割に、行動が伴っていないように感じ取れます。

あくまで個人的な感想であって作者が意図した部分ではないかもしれませんが、アリョーシャの気持ちの方向は死期が迫る我が師ゾシマ長老に向けられています。

一方、ストーリーが展開していくにあたってイワンが家から出て行ったことが、事件に至ってしまった要因の一つになっているように読みとれますが、ここでもアリョーシャはミーチャの行動が心配だけど他人事で精一杯ということが微かに書かれているようです。

この状況を解説すると、長男ミーチャ→「父を殺したい」、次男イワン→「ヤバそうだけど父親は殺されても仕方がない人間」、三男アリョーシャ→「ミーチャの怒りを沈めたいがどうしていいか分からない」、召使いスメルジャコフ→「どさくさに紛れて自分が殺してしまおう」という構図があったとも言えなくはないでしょう。

それぞれの立場からみると、兄弟三人そろってまともな行動がとれていないどころか、召使いまで含めると四人(スメルジャコフを非嫡出子とすると4兄弟)揃ってまともではない、あるいは消極的な姿勢であったと見受けられます。

もっとも、小説の前半を読むだけではなかなかスメルジャコフの存在を意識することにはいたらないのが盲点ではあり作者が意図したものだと言えそうです。

それから、物語が進んでいくにあたってミーチャが手に握りしめた千五百ルーブルの出現の仕方が大袈裟なまでに唐突です。

ミーチャが引き起こした騒動を描いた場面では、父親から金を奪うシーンが描かれていないためミーチャの所持金が不自然に現れますが、この辺はもう「さてこの金はどこから出てきたのか?」と作者が言わんばかり。

このミーチャが豪遊に使った金に着目すると、ミーチャは父親は殺さなかった代わりに自分の良心とプライドを保つための自制は効かなかった。

そして、本当にフョードルから三千ルーブルを奪った犯人の動機や目的に世間は無関心だったということが分かってきます。

こうしたストーリーの進行から、読者が何をどう感じ取り受け止めるのかは人それぞれであって、明確ではないというのが私が思う小説という「読み物」に感じる中途半端なところです。

ドストエフスキーにしても読み手側が感じ取ってくれというスタンスなのでしょう。そのことは書き出し部分にある作者の解説からも明らかではないでしょうか。

小説に込められたもの

この大作と呼べる小説において、文学知識に乏しい側である私なりに重要なポイントを抑えるとすれば物語の後半で裁判の前夜にイワンが召使いのスメルジャコフに対して事件のことを問いただす部分です。

イワンがスメルジャコフを問いつめれば問いつめるほど、そして事実を引き出すたびにイワン自身が混乱し動揺してしまうという場面が重々しく表現されています。

覗き見たくない自分の弱みを逐一確認し、それによって取り乱し病を悪化させていく様子が描かれていると受け止められます。

何か固いもので閉ざされて見えてこない兄弟のいびつな関係性について、スメルジャコフがその表面をバリバリと粗雑に剥がしながら、「お前ら兄弟三人の構図はこうだぞ!」と言っているかのようです。

ただし、この場面だけをもって兄弟の関係性を理解しようとするのは早計で、彼らの兄弟愛を正しく読み解くには前半を徹底して読み込んでおく必用があるでしょう。

世界的な名作を読み終えた達成感

ここまで、普段は小説を読まない人が「カラマーゾフの兄弟」を読んでの感想を簡単に書いてみましが、正直なところ物語に対して感想云々より、長い小説を読み切ったことへの達成感のほうが強く実感できています。

これは、多くの読書家が目的とするところと大きく外れると思われますが、もともと小説を読まない(もっぱらビジネス書中心)者が「カラマーゾフの兄弟」という世界的な名作に手を出すにあたっては、まずは読み切ってみることが大事と自分なりにハードルを低く設定することは大切なことと判断します。

ふだん小説を読まない人が、超がつくほどの長編小説の読破に挑戦してみるというのも、解釈がそれぞれの読者任せな小説にあっては甚だお門違いとも言えないないことでしょう。

そもそも、カラマーゾフの兄弟のような古典的とも言える作品については、時代的な背景や国民性、それぞれの宗教的な思想の捉え方など様々な知識を広く持ち合わせていないと最後まで読むことはできません。

もちろん、全く意味が理解できない部分は自分なりに処理して読み進めるテクニックも当然に必用でしょう。

この小説を最後まで読み切ることができるということは、社会生活に必用な浅くても広い知識を持っているか、興味のない長い文章を読み続ける忍耐力があるかのどちらか(あるいは両方)であって、少なくともそれら二つについては大いに評価ができると思います。

新潮版(上、中、下)読了にかかった日数

私が、カラマーゾフの兄弟を三冊読み切るのに要した日数は11日でした。

人より文章を読むのは遅い方ですが、平日に時間を確保できたことが良かったかもしれません。

当初は、終盤に正月休みにかかることを想定していましたがクリスマスの1週間前には読み終えることができました。

長い小説を読み切るためには、ある程度覚悟して一気に読み切ることがポイントかと思います。

1ヶ月以上とか長い期間をかけてしまうと、頭に思い描いた登場人物の相関図が薄れてしまい思い返す為に無駄な労力を強いることにもなるでしょう。

本の内容に影響され過ぎない対策を

難解な作風の小説を読むことは贅沢な時間の過ご仕方であるとも理解できます。

そして、私がこの本に「やっぱりか」と感じたのが、作品に深く影響されそうになってしまうこと。最高傑作とも呼ばれる作品を掘り下げてみたいという欲が出てくるのです。

今回は、割と言い意味で何度か繰り返してこの小説を「もっと深く読んでみたい」という想いが沸き始めましたが、この古典的な物語を自分の人生へ徳な存在として結びつけるのは難しく正直面倒です。

時代背景や価値観も違うし、何かの教訓を得る手段として適当とは言えません。

本来、人は書物からではなくリアルな実体験の中から教訓を得て知識を膨らませていくことが理想で、最初に書物ありきではないと考えます。

逆に活字で人生を膨らませようとすると、人によってはことごとく苦痛なことになってしまうでしょう。

もっと現実の経験を大事にして、自分は何が好きでどういう生活を送りたいかを改めて見直すために名作が良い刺激になったくらいにとどめておいたほうが良さそうです。

長編かつ深みのある小説を読み切っただけでも、それが一つの成果であることは間違いないのですから。

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