難解な長編小説「カラマーゾフの兄弟」を読み切るコツ

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カラマーゾフの兄弟下巻 日常のこと

特に読書好きでもない一般の社会人である私が難解な長編小説「カラマーゾフの兄弟」を読み切った体験をもとに、この作品を全巻読了するためのコツをまとめてみました。

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読了にむけて確保したい環境と要件

小説が好きで本を読むのが趣味だという人や文学に詳しい読書家を除いて、今回対象とするドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟は、読了に向けての難易度が高い本であります。

そして、今回の「読み切る」の意味は徹底して読破することではなく、オーソドックスに目で文章を追いページを消化していくだけの普通の読書を想定します。

長編小説を読む時期

まず、難解かつ分厚い小説を何冊か続けて読むには、適正な期間にまとまった時間を確保することが重要でしょう。

私が、カラマーゾフの兄弟を読むために要した期間は12月の初めから中旬にかけての冬の初めにあたる11日間。

当初、正月休みの数日を使って読み切る予定でしたが、結果的にはクリスマスまでかかることなく読み終えることができました。

ちょうど寒くなりかけの時期には積極的に外出する気にもなれないことですし、1月の半ばになると寒さであらゆることに志気が下がりそうなので丁度良かったかもしれません。

読み始めたら三度の飯より読書優先

そして、予定を立てるか立てないかに関わらず読み始めたら目的とする本を読むことにとことん拘ることが大事でしょう。

他の本が、思いつきと気分ですんなり読み通せても、カラマーゾフの兄弟は長編小説の中でも各分野を掘り下げた濃い小説なので、興味本位だけで継続できるとは限りません。

よく駅のホームで立ったまま電車を待っている時間にも本を開いている人を見かけますが、カラマーゾフの兄弟を読み切るにあたっては、彼らのような読書マニアをも見習うべきです。

ときには三度の飯より、極端な例えが許されるなら風呂場にもビニールをかけて本を持ち込むつもりで(実際にはやらなくても)、そうした気構えで臨むべきでしょう。

対象とする本を徹底して持ち歩く

自分なりに読書にコミットすることになれば、読み終えるまでその本を持ち歩くのは当たり前になります。

どうしても読み通したかったら、自分の生活のリズムに読書を浸透させることも必用ですし、避けたい「ページへの醤油染み」もある程度許容することさえ厭わない気持ちも必用かもしれません。

もしそこまで徹底するなら本は中古本が良いでしょう。

また、カラマーゾフの兄弟の文庫本を持ち歩くには、新潮社なら上巻から中巻、中間から下巻に読み移るタイミングで対象になる2冊を同時に持ち歩く必用があって、ちょっとした荷物になります。

そんなとき、キンドルアプリなどでサンプル版がダウンロードできれば中巻と下巻の読み始めのページはスマホで読むことも可能です。

翻訳者選びはどうする?

現在書店で見かけるドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟は、新潮文庫版のものと光文社古典新訳文庫があります。

新潮社のものは原卓也氏の翻訳、光文社は亀山郁夫氏の翻訳。

亀山氏の訳が新しくて読みやすそうなイメージですが、どちらを選ぶかは口コミなどで情報を収集して決めた方が良さそうです。

私は、原氏訳の新潮文庫版で読みましたが、難しさは感じたものの想定内といった程度でした。

読みながら覚えたい登場人物と物語の舞台

カラマーゾフの兄弟を読み始めて途中で挫折してしまう原因の一つに登場人物の覚えにくさがあります。

中心人物の名称に愛称が多く用いられているのも、我々日本人になじみがなく覚えにくさの理由と言われています。

また、舞台になる場所がロシア国内の架空の場所ですので、頭の中でイメージしにくいというのもあるでしょう。

登場人物の構成

まず上巻(新潮文庫の場合)の読み始めに頭に入れておきたい人物名は、長男のミーチャ、次男のイワン、三男で主人公のアリョーシャと父親のフョードル。

それから、長男ミーチャとフョードルの親子対立の原因となるグルーシェニカを先に覚えて置けばよいかと思います。

物語の中ではグルーシェニカの他にミーチャの婚約者のカテリーナも登場しますが、カテリーナは読み進めていくうちに自然に覚えることができるかと思います。

私は、読み始めでこのグルーシェニカとカテリーナが頭の中でしばらく混同してました。

ストーリー的にも何かと問題を引き起こしがちで支離滅裂なグルーシェニカを先にマークしておけば、対照的なカテリーナも自然に記憶に浸透してくるでしょう。

物語の場所と時代背景

カラマーゾフの兄弟のモデルとなった町と言われているはロシアの北西部に位置するノヴゴロド州のスターラヤ・ルッサという田舎町とのことです。

北西部なので広大なロシア全土のうちでは割とモスクワに近い場所かと想像します。

中盤を越せば最後まで読める?

カラマーゾフの兄弟は新潮版の三冊で総ページ数が約1,900ページほどあります。

私の経験からですが、大雑把に中巻の中ほど部分を全体の約半分と位置づけそこまで読み進めることができれば、残りの半分を読まずに残したくないという心境になれます。

1,000ページ近くも読んできたところで諦めるわけにいかない気持ちと、人によってでしょうが物語のリズムに乗れればストーリー展開に引き込まれやすくページを進めやすい領域に入ってくる部分でもあります。

しかし、この中盤に入る前、中巻の初めにある第二部第六編の二にゾシマ長老の生涯について(三ゾシマ長老の法話よ説教も含む)書かれている部分があり、ここは多くの読者が読んでて退屈に感じる難関とされています。

約100ページほどある第六篇のほとんどが、このゾシマ長老の生涯及について書かれた伝記的資料、及び法話と説教で構成されていて、ネット上で確認するとこの読みにくい難関を「ゾシマ越え」などと呼んでいる方たちもいらっしゃるようです。

私も、この部分はアリョーシャの内心についての補足と判断し読み飛ばして最後に回していました。読む順番を変更したのはこの第二部第六篇の二と三についてだけです。

ただしアリョーシャが信頼を寄せたゾシマ長老を描いた部分ですので、主人公であるアリョーシャの思想や人格を知る上では本来のページ順に読み進めるのが望ましく、後回しにする読み方は楽ですがおすすめではありません。

機械的に文字を追うことを恥じない

ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟は、ときに世界文学の最高峰などと唄われたりしますが、作品が最高峰と賞賛されるからといって、自分の能力すべてを注ぎ込んで熟読にあたると、読み初めの段階で思考能力や集中力などを消費しすぎて疲れてしまう心配があります。

読んだ人が、小説の内容をどれだけ理解できたか、宗教の信仰や人の倫理などをストーリーと関連づけて汲み取ることができたかなど他人にはほぼ分かることはないでしょう。

もっともそうした内容を期待してカラマーゾフの兄弟を読むような勤勉な人が世の中にどれほど存在するかを考えれば、普通に一般人の読み物によろしくページ内の文章を機械的に淡々と読み、難解な部分は適正に処理しながら読み進めていく手法で問題ないと考えます。

自分が解釈できない部分にいちいち躓いていたら時間も本代ももったいないです。こと「カラマーゾフの兄弟」にいたっては相手が海外の古典文学なのですから自分の読解力に自信を持って臨むことも大事なことでしょう。

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